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赤城山全8峰縦走
山行日
     2001/5/4〜5 晴れ 単独
ルート
    赤城山は総称である、国土地理院の25000分の1(50000分の1でも同じ)によると鍋割山(1332.2m)、
    荒山(1571.9m)、長七郎山(1578.9m)、地蔵岳(1673.9m)、 鈴ケ岳(1564.7)、小黒檜山(1644)、
    黒檜山(1827.6)、駒ヶ岳(1685)の8峰である。これらの峰を2日かけて縦走したのがこの記録である。
    この8峰の中で小黒檜山だけは、一般ルートはありませんので、ご注意下さい。

 
1日目 鍋割登山口(赤城青年の家から約3km地点)→鍋割山→鍋割高原→荒山→
    関東ふれあいの道標識(軽井沢峠北西200m地点)→小沼沼尻→長七郎山→
    小沼→八丁峠→地蔵岳→新坂平→姥子山→鍬柄山→大ダオ→鈴ケ岳→大ダオ→
    関東ふれあいの道の沼尾川にかかる橋→出張峠→出張山(テント泊)

2日目 出張山→薬師岳→陣笠山→五輪峠→
    赤城北面道路を約500m(標高1415m)→小黒檜山→黒檜山→
    駒ヶ岳→(稜線に沿って)鳥居峠→利平茶屋→二の鳥居→黒保根浄水場

コース(赤色):国土地理院5万分の1地形図、沼田に追記


 妻に車で送ってもらい5:00鍋割山登山口をスタートした。肩の荷物は16kgあまり、テント、寝袋、雨具、食料、水、コンロ、カメラetc.である。すぐに急登である、いつもの鍋割山歩きとは今日は違う、いつもは雨具、食料、水等でざっと2kgか3kgだろう。ごろごろした大きな岩もはい上がり、長い丸太の階段をあがって、6:20やっと到着。上越国境は曇っているが、赤城山はまあまあの良い天気である。安全を祈願して石仏に一礼をする。
  
     山頂より北方を見る                          鍋割山山頂


荒山高原7:00着、まだこの辺一帯は芽吹きをしていないが、アカヤシオツツジが満開である。大きなピンクの花を付け、春を告げている、風は若干の冷たさを感じる。ジグザグの緩い登りではじまり、急登がしばらく続き山頂だ。この山は前橋〜伊勢崎方面から見ると山頂が突起していて良く目立つ。昨秋、葉が落ちてから、整備された道を外し、古い国土地理院の地図を頼りに、下の林道わきの水場から、山頂目指して、一気に上がったことがある。途中、下の避難小屋付近に出て、沢伝いに直登した。ひとには薦められないが、ブッシュは無く、枝振りの良い大木が目立ち、紅葉の頃であったら、さぞかしきれいだろうな、と思ったことがある。重い荷物を背負いながらも、7:50荒山山頂に着く。ここでも祠に一礼する、小休止。
  
     荒山高原のアカヤシオツツジ                 荒山山頂の祠

8:00歩き出す、この4/14下見をしたルートである。東側に僅かに付けられた、踏み跡を急降下する、時間的には20分ぐらいなものだが、今回はザックが大きいので木の枝に引っかかり往生した、ヤセオネも慎重に足を運んだ。8:22関東ふれあいの道の看板のある分岐点に着いた。ここからはこの関東ふれあいの道を歩いて小沼に出る、まず小さな湿原?に出たところで、赤城温泉から赤城大洞に通じる自動車道に出る。200mほどこの道路を歩き8:30ミズナラの林に入った、道路と並行しているが、雰囲気の良い整備された散策道である。間もなく血の池に出た、池と言っても水は全然無い、荒れた草地と言ったところ。古地図(S52年修正測量)では水色に塗られているので、かっては水があったのだろうか、それとも季節によって変化するのだろうか。丸太の階段を上がって、小高いピークを越えて、小沼へ下った。先客が10人ほどいて、怪訝そうに見る、それはそうだ、荷物がでかいのと、小沼の周遊道に出たときに道をショートカットしてブッシュから飛び出したのである。
  
  小沼沼尻から地蔵岳                            小沼沼尻から駒ヶ岳


沼尻を経て快調に足を進め9:30長七郎山山頂着、小休止。2人 50歳前後の女性がいて、話しかけてくる、ザックの話かと思いきや、シャッターを押してくれ、というのだ。地蔵、小沼を背景に撮ってやった。それからである、あれやこれや、答えるのも面倒なほど、最後にあの山なんて山?と聞かれて唖然としてしまった。地蔵と黒檜、大沼(オノ)と小沼(コノ)くらいは勉強して来い、と言いたいところ。9:45北回りで小沼へ下る。

 
 八丁峠10:10、ここから板張りの階段を上り地蔵岳だ。この小沼に面した東斜面は、一昔前は夏はキスゲが咲き、続いてマツムシソウが咲き乱れる高原であった。訪れる人々は、ロープウエイを利用して山頂に立ち、そしてこの斜面で高原の雰囲気を味わって下った、すっかり植物は踏み荒らされ、枯れ落ち、表土が流され、岩石が露出して無惨な状態となって、結果として木道が整備された残念なところである。


10:40地蔵岳着、小休止。残りあと4峰であるが鈴ケ岳は大沼の遙か向こうといった感じ、小黒檜山は見えず、黒檜山、駒ヶ岳は大沼を介して見えているが、ぐるっと廻らなければならない。五輪尾根の適当な場所でテントを設営することを考えた。10:55新坂平への下りにつく、11:23新坂平着、小休止して11:30自動車道路を歩く、休憩が小刻みになってきた、11:45鈴ケ岳入口着、もう出発してから約7時間経過した。


 新坂平付近は6月中旬になると、県花でもあるレンゲツツジが一面に咲き、大勢の観光客が押し寄せるところである。赤城山の特徴は色々あるが、ツツジの種類も多いと思う、一説に寄れば22種とか書いてあった。良く知られたものにはアカヤシオ、シロヤシオ、トウゴクミツバツツジ、ベニサラサドウダン、コメツツジ、ヤマツツジ、アブラツツジなどはそこかしこに見られる。


 大ダオまでは、まず笹の中の急坂を登り、シラカバの木立を牧場の柵に沿って歩く。西方が開けてくると、そこが姥子峠である、ここからひと登りすると鍬柄山で展望のすばらしいところだ。ここまで来ると鈴ケ岳が見えてくる、そこからは急斜面を下る、下りきるとそこが、大ダオである。ここでコースが3つに分かれている、真っ直ぐ進むと鈴ケ岳、左は南周りで深山方面へ、右は北周りで深山方面と分かれる。13:00大ダオ着、ここにザックをデボして
鈴ケ岳を往復する。 ここからの距離は400mしかないが、結構な急登である。


大きな岩に真新しい幣束を竹にさげて、斜面にさしてあるのに気づいた。ごく最近神事が行われたのだろうと思って、頂上へ着いた、13:15。 そこには、白装束の男女10人ほどがいて、昼食を始めたところだった。正面南向きに立てられた3つの大きな碑には、それぞれ供え物があげられ、神事が終わったところだった。残念、もうちょっと早く着いたらなあ。大ダオの分岐にカメラも置いてきてしまった。今日は日曜日ではないが連休をあてがったのだろうか、それとも毎年5月4日に行われるのだろうか。食事中でもあるし勝手な想像をして、一応碑に手を合わせて、大ダオに13:36戻った。


 ここからのコースは道標の通りジグザグしながら鈴ケ岳北斜面を下り、2つの道標を過ぎ、間もなく西方に方向を変え平坦なところに出る、そこに群馬県の鈴ケ岳県自然環境保全地域の白い大きな看板がある。そこから道を外し一気に、沼尾川にかかる橋を目指して下降する。安全なのはそのまま4,5分下ると、沼尾川沿いの関東ふれあいの道に出、そこから大沼方向へ登り返せば良い。このショートカットするルートは、4/22に通っているので問題はない、荷物の分だけ慎重にやればよい。10分もかかっただろうか、目標の沼尾川にかかる橋に出た。ここまで来るともう誰にも行き会うことはない、かっては整備した道だろうが、利用者は全くいないようだ、あっても夏期、深山から入る人ぐらいだろう。


 疲れも出てきている、急な登りだ、ザックが重い、ジグザグの道をあえぎながら、15:20出張峠着(デバリと読む)。テント場を探す、登山道はちょっと狭い、大沼までは出たくない、一息入れて先へ進む、15:36出張山に着く、スペースは充分ある。本来ならばテントを張ることは良くないが、赤城山の神々にお許しを乞うて来たのだからここにしよう。


 2日目だ、好天だ、夕べは疲れていたせいか早々に寝たが、夜中に暴走族のタイヤのきしむ音で目がさめてしまった、でも5時間は寝ているだろう、山では充分だ。4:50五輪尾根を歩き出す、小さなピークをいくつか越えて、5:25五輪峠着。ここは赤城山北面道路である、右斜面にコンクリートの壁が続く、これの終わる地点に沢がある、ここから計画に沿って歩く。地図(国土地理院1/25000赤城山を利用)にポイントを付けて計画した。(高度計を使用し、距離と方向は地形図を見ながら歩いた)

次ポイントまでの距離 ポイント     標高 
      −        1        1415
      20        2        1415 
      75        3        1435   3〜6間は等高線に沿って歩く
     125        4        1435 
     156        5        1440    堰堤の上で沢を渡ること  
     100        6        1440 
     200        7        1560    6から7は左にそれながら稜線に出る
     100        8        1590        (ズレルと崖)
     350        9        1620    稜線を歩く
     250        10       1644 

まず、 1〜2は石のごろごろした沢を渡る、H=1415m
    2〜3は沢に沿って南東へ75m進む、高度の確認H=1435m
    3〜4は北北西に高度をあげないで125m前進
    4〜5は東北東に高度をあげないで156m前進、ここで沢に出る、安全に渡れる所を探す、
          結果的には多少ずれたため急斜面を沢に下りた。対岸に渡ってから見たら、
          あと5mほど上から沢に下りれば簡単におりられた。
    5〜6は北北東に高度をあげないで100m進む
    6〜7は左に若干そらしながら稜線を一気に出る(急登であった)
    7〜10は稜線に沿って歩いた、稜線は踏み跡があった、7:14着小休止。
小黒檜山からの北面の眺望はきかなかったが、雲がなければ良いと思う。花見ケ原が見えると思ったが見通せなかった。

  
   小黒檜山の山頂、電波の反射板り          小黒檜山の山頂から黒檜山、雪が残っている


 これから先のルートは稜線伝いに今来た道を途中まで戻り、黒檜山までの稜線歩きだ。ここから黒檜山を見ると、最後はかなりの急登だ。7:20黒檜山に向けて腰を上げる。標高1600m付近までは雪もなく快調であったが、生い茂る笹、ベタベタな雪、急登に悩まされる。右に左にジグザグしながら、つかめる物は何でも掴み、倒木はくぐり、1時間弱かかったと思う、やっと祠にたどり着いた。ここまで来れば着いたようなもの、祠までは以前に山頂から足をのばしたことがあるし、踏み跡もしっかりしている。祠に一礼して、ここのビューポイントへ20mほど前進する。やれやれ、どっこいしょ、ザックを下ろす。火山としての赤城らしさが見られる、ポイントである。
  
       左側には地蔵岳                     右側に大沼、五輪尾根、鈴ケ岳


 8:48最高峰、黒檜山へ到着、20人ほど先客がいて、それぞれ楽しんでいるようだ。電話をかけている人、食している人、地図に見入っている人、考え込んでいる人(疲れているのかな?)、しゃべりまくっている人(目標達成の喜びか?興奮状態)。小休止して8:55山頂をあとにする。9:00黒檜大明神を通って、大だるみまで壊れた丸太の階段を下る、ここからちょっと、この山行の最後の登りである。小黒檜山からの緊張感からすっかり開放され、全く疲れを感じない、快調というところかな、でもスピードは出ない。

 駒ヶ岳9:45着、電話を試みるが通ぜず、圏外だ。小休止して100m位進んだところで再び電話、通じるではないか。「今、駒ヶ岳を下り始めたところだ、12:00頃利平茶屋に着くと思うから、迎え頼む」と切った。歩き出して最初の鉄バシゴのところまできた、ばかに今日は人が多い、皆上りだ、このまま大洞へ下り、覚満淵を通って鳥居峠へ行くのがおきまりのコースであるが、コースを外して尾根伝いに歩き最短で鳥居峠に出ることにした。ツツジにザックをとられながら、大きな岩をいくつも越え、10:20鳥居峠に飛び出た。人、人、人である、ザックを降ろし、缶コーラを購入、うまーい。大きい荷物に周りの人が問いかけてくる、地図を見せて「ここからこうして歩いてきた」と話す、感心していたが他人事だ。


 10:35、850段のケーブル跡の階段を下る、一歩ずつ丁寧に、二回ほど立ち止まっただろうか、ここを一気に下ると足がもたない所だ。下りきってホッとする、あとはもう惰性だ。11:15利平茶屋に着いた、駒ヶ岳の下山コースをショートカットした関係で、一時間ほど早い、よし、このまま行けるところまで行こう。舗装された緩やかな下り道を歩く、ソメイヨシノが若干残っているし、並木に植えられた八重桜が満開である、これもきれいだ。桜、さくら、サクラ、歩きながら花見だ、12:15浄水場に着く、まだ迎えの車は来てない。土手に腰をおろし昼食とする、ここで迎えを待った。山菜でも取りに来た人だろうか、寄ってきて色々話す、まじめに問いかけてくる、精一杯答えてやった、その人曰く「いい土産ができた」と。                                                                                         おわり

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